2015年2月11日水曜日
閉じゆく大泉門
赤ちゃんは生まれるとき、狭い産道を通るために頭蓋骨を重ねて頭を小さくして出てきます。
その名残の頭頂部の骨のないぶよぶよの部分、大泉門。
赤ちゃん時代はうーちゃんの大泉門も、とくんとくんと波打ったり、元気なくへっこんだりいろんな表情を見せてくれました。
1歳半くらいまでには閉じると言われていますが、うーちゃんはその時期を過ぎてもまだ少し穴がある状態でした。
大泉門について、自分の中で仮説があります。
言葉もしゃべらない、泣いたり笑ったり眠ったりするだけの赤ちゃんを見ていると、まっしろなはずの赤ちゃんが、実はこの世の事をなんでも解っているのかもしれない、と思ってしまうときがあります。
育児で泣いたり笑ったり、小さな事に振り回され一喜一憂のドタバタ喜劇を演じているママを見ながら、何にも言わないけれど、本当は何でもわかってるよ、と優しく見守ってくれているのではないかと。
守られているのはママの方ではないのかと。
大泉門は天国からやってきた赤ちゃんが、まだ天国の神様と繋がっているしるしなのではないのか。
安心して現世で暮らせるように、生まれてからしばらくは頭の門から神様のアドバイスを受けながら育ち、その門が1歳半ころ閉じてからは、神様とのやりとりの記憶をなくし、自我が芽生え、言葉を発するようになり、やっと現世で独立するのではないのかと。
というファンタジーの世界を思い描いていたら、私の姉のブブちゃんも、育児をしながら全くおんなじようなことを考えていたらしいですw
さすが姉妹。
その神様との相談口、うーちゃんの大泉門が、とうとう閉じられようとしています。
年がら年中にこにこ笑顔でママを癒してくれているうーちゃんが、ここのところぐずぐず泣く機会が増えてきたのは偶然?
なんだか寂しい気がしますが、これも成長の証。
ママを優しい笑顔で見守ってくれてありがとう。生まれてきてくれてありがとう。
神からの独り立ちを迎え、まだ想像もできませんが、これからイヤイヤ反抗期が始まるのかも知れません。
どうかお手柔らかに。
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